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義家日記

君ができる限り(2010年2月9日)

君ができる限り    ジョン・ウェズリー『行動の基準』

Do all the good you can,
By all the means you can,
In all the ways you can,
In all the places you can,
At all the times you can,
To all the people you can,
As long as ever you can


君ができるすべての善を行え、
君ができるるすべての手段で、
君ができるすべての方法で、
君ができるすべての場所で、
君ができるすべての時に、
君ができるすべての人に、
君ができる限り。  

この言葉に出会ってから、もう十五年になる。
初めてこのイギリスの神学者の言葉に触れたとき、なんだか目の前に光の道が現れた、そんな不思議な気持ちになったことを今でも鮮明に覚えている。
そして、今の俺にとって『善』(よきこと)とは何か?眠ることも忘れて自問自答した。

今、慌ただしい毎日の中で、だからこそ、この言葉を何度も心の中で繰り返しながら、今日を刻んでいる。
その先に夢が待っているということを、あの日と変わらず、頑なに信じている。

俺は今日ももがいている。
今の自分に出来る精一杯で。
みんなはどうだ?

 義家弘介

縄跳び、坂あがり、棒昇り(2010年2月8日)

土曜日、大分の認定こども園『むさし子供園』で講演会。
先進的な取り組みと、それをより充実させるためのたゆまぬ努力、そしてそれにかかわる地域や保護者の姿に心を熱くした。
希望と感謝を抱きながら心を込めて教育問題をお話しさせていただいた。

とんぼ返りで空路、羽田、そして横浜へ。
園が空港の近くだったこともあり、午後一時四十分には羽田着し、二時過ぎには自宅へ。
まだ明るい。
久しぶりの家族の時間をプレゼントしてもらったように感じた。

「今日はまだ明るいけど、何をしたい?」

息子に尋ねると、彼はしばらく考えた後、

「ねえ、お父さん、今、幼稚園で縄跳びと、鉄棒と、棒昇りの中で一つを頑張ろうってことになってるんだけど、どれを頑張ったらいい?」

という返事。

「????…それのどれかをされから練習したいってこと?」

「…うん。でも、どれを練習したらいいと思う?」

「お前はどれが得意なんだ?どうせなら苦手な奴を練習すればいいじゃん」

「…全部、あんまり出来ない」

「じゃあ、全部やろう!」

「お父さんはできるの?」

「あたりめー、完璧だ!よし、公園に行くぞ!」

久しぶりに息子にとってのスーパースターになれる予感に胸が高鳴った。
そんな単純明快な父を、息子は不思議な顔で見つめている。

「なんだ?いかねーのか?」

「うっうん、行くけど…でも、お父さん、それでやるの?」

ん?そうだ、講演会帰りでスーツのままだった。

「おっおお、すまない。よし、ジャージに着替えよう!」

息子と二人でジャーに着替えた。
何年ぶりのジャージだろう…。
燃えてきた!

それから、日の沈むまで、縄跳びをし、逆上がりをし、棒昇りをした。
でも、振り返ると…『手本』という名目で、ほとんど俺がやっていたような…。
まあ、そんなわけで今は筋肉痛だ。

時代が変わっても、子供たちが超えるハードルは、同じなんだな。
そう考えたら、なんだかあったかい気持ちになった。

みんなは、あの日のことを覚えているか?
たまには童心に戻るのもいいもんだ。

今日も頑張ってるぞ。

 義家弘介

根本(2010年2月5日)

政治とカネ一色の国会真っただ中。
昨日、民主党・小沢幹事長の政治資金問題で、現職国会議員を含む秘書ら三人が起訴された。しかし、本人は証拠が揃わないと、不起訴、そして幹事長続行へ…。
秘書は誰のために仕事をしているのか?
何のために仕事をしているか?
を考えれば、まだ真相究明の過程とはいえ、本人が説明責任ばかりでなく、道義的責任もとらずに続投するという判断は、俺には到底、信じられない。
これでは、国民の政治不信もますます深まるだろう。

同じ日の昨日、暴行事件で問題視されていた朝青龍が引退を表明した。
世間を騒がせた『ケジメ』、という理由だ。

小沢氏はこれだけ世間を騒がせても、秘書らが逮捕されても、辞めない。
横綱という相撲界で最高の地位にある力士は辞めた(辞めざるを得なかった)。

誰が考えてもおかしな話ではないだろうか?
単純な比較をしても仕方ないが、政権与党の実質的トップと横綱、どちらが責任が重いか…答えは明白、前者だ。
政治家は国民全体に、相撲界を含むこの国の伝統文化に、そしてこの国の未来に責任を負っている。

小沢氏は若くして政治家となり、それを生業にしながら現在まで歩んできた。
はっきり言うと、鳩山総理のように親が天文学的な金持ちで、その金をもらえるという環境でなかったら、政治家としての収入で都内の一等地に豪邸なんて建つわけがないし、高級不動産を複数所有するなんてことは不可能。
電話代、文具代、コピー代や二人の私設秘書の給与、支部の家賃など諸々(支部は家賃のかからない議員会館内においてはならず、別の場所に置かねばならない決まりがある)などのお金だけで、うちのような小さな事務所でも月におよそ百万円ものお金がかかる。
確かに助成金は受けているが、それは右から左へが実際で、さらに選挙の折には莫大なお金がかかる。真面目にやっていたら、お金など残るはずもないのだ。

普通の人の生涯賃金以上の数億円の金が政治資金管理団体と本人の間を行ったり来たりし、あるいは消え、それらの説明として「知人(故人)から預かったもので、きっと旧札を新札に替えたかったのではないか」「秘書に任していたからわからない」なんていう小学生でも言わないようなことをのたまう。さらに、同僚議員は、自分の保身や出世のためか、あるいはそれらの金の一部を貰っているからなのか、一様に口を閉ざし、言葉を濁す。

「国民目線の政治」

が、聞いて呆れる。

しかし、それを嘆いてばかりいても始まらない。

「だから、何をするか」、だ。

あまりのハードスケジュールで気持ちが折れそうになることもある。
しかし、果たさねばならない責任の重さは変わらない。

例えば、日記でも再三触れている、鳴り物入りの『子ども手当』。
法律上、手当を受け取るのは親だ。
つまり、施設などに入っている子供、あるいは赤ちゃんポストに預けられた子供たちは、手当を受けることができないのだ。
子供を持つ年収数千万の世帯にも支給される、のにである。
別の予算で保証すると閣僚は言っているが、本来、そんな子供たちこそ、社会全体でより手厚く守ってあげるべきだ。

今日も早朝から必死になって走り回り、声をからしながら訴えています。

イジメ問題でもなんでもそうだ。

まず、今、誰を守るのか。
まず、何を大切にするのか。

その線引きが揺らいでいることが、日本の混迷の根本にあると思う。

これからまた会議。
眠いし、腹も減ってるし、息子と遊びたい…でも、頑張ってきます。
みんなと共にあるために。

 義家弘介